これまでの不妊治療の経緯(2)
体外受精3回目(43歳・冬)
3回目の移植は陰性。
体外受精4回目(43歳・春)
4回目の移植はふたたび陽性ではありましたが、反応が弱く、
最初の診察の段階で「おそらくダメでしょう」との判断。。。
心拍確認前の5週か6週あたりで化学流産となりました。
心が折れて治療中断(43歳・夏〜)
40を超えてからの不妊治療なのでそう簡単ではないと分かってはいたものの、
こう連続してうまくいかないとメンタルのほうがついて来なくなります。
身体はどんどん老化するので治療するなら少しでも早くした方がいい、ということは
頭では分かっているのですが、治療周期に入ると毎日の服薬、通院、食事制限など諸々のストレスがかかる上に
「どうせまた失敗するのでは?」「このまま続けても時間とお金の無駄では?」など、ネガティブ思考になってしまい、
どうしても前向きになれなかったので、一旦ここで治療は中断することにしました。
残りの凍結胚をどうするか迷う(44歳・春)
治療を中断している間は、正直プレッシャーから解放されて実に楽しかったです。
元々子どもについても「何が何でも絶対欲しい!!」というほど強い思いがあったわけでもなく、
いなければいないで自分の好きなことをして生きていけるわけで精神的にも経済的にも楽に決まってます。
もうこのまま治療はやめてしまおうかという気持ちのほうが大きくなりかけていたのが本音です。
ただ、凍結胚がまだ移植2回分残っており、その保存期限(1年)が近づいていましたので、
これをどうするか決める必要がありました。
もう治療しないのであれば、「廃棄」ということになるのですが、、、
わずかとはいえ生まれてくる可能性がある受精卵をいざ「廃棄」するとなると
なんだか可愛そうというか、罪悪感も出てくるわけで、、、
迷いに迷った末に結局凍結胚の保存は1年延長してもらい、
残りを使い切ったらそれで終わりにしようとということに決めました。
(続く)